先週買った手袋とセーターでしたが、通勤用としては指先不足の手袋とネックがネックのセーターという一部ミスチョイスがあったため、今週末に改めて欲しいなと思っていました。でも、この1週間のブランクでは、買物をしたほとぼりから冷めていないので、新しく買えばいっか、とするにはあまりにもったいない。手袋に関しては、寒風を切る自転車に乗るにはちゃんとしたものが必要だとは思うけど、それは今じゃなくてもまだ通用する。セーターに関しては、スーツを上に着るから微妙なので、ユニフォームで歩くときだけなら全く問題ない。というわけで、もう師走です。
何度か起きたんだけど、最終的に起きたのは15時過ぎだった。こんなに極端なぐーたらは久しぶりだけど、何かをする時間に当てたいと思っていた平日朝も結局ギリギリまで寝るようになってきてしまった。朝ごはん食べたり、お昼のおにぎりを握ってお茶を水筒に入れる時間は確保しつつ、それを含めて制限時間いっぱい。ネクタイを締めるあたりは急いでる。その代りに夜が遅いかといったらそうでもなく、睡眠は十分にとってる。単純に、寒いから布団から出たくない季節になってきただけなんだろうけど、精神的な弱さは簡単に出てきてしまう。なんだもう夕暮れかよ。
特にイチョウの黄色が目立つ道をメガネ屋に向かって自転車を走らせていた。曇りのち雨の予報に対して、午前中いっぱい雨で、午後から徐々に天候回復。注文しておいたコンタクトを受け取ってから帰宅の予定は楽になったが、落葉がすごい。水を多く含んだ葉が集まった所は水溜りのようにビチャビチャ音をたてる。車輪を妨げるほどではないが、手袋&セーターの買い揃え直しに待ったをかけたのが、この使い捨てコンタクトだった。寒暑に関わらず、最低限必要な装備品。残り1週間分というところで、さすがに出費せざるを得なかった。もうそろそろメガネ要るかも。
「グレートジャーニー全記録I 移動編 我々は何処から来たのか」冒険旅行記で、著者誰々、と書かくのがはばかられたので, 冒険者 関野吉晴。イギリスの考古学者ブライアン・M・フェイガンは、人類が東アフリカで誕生しユーラシア大陸を通って北米から南米に到る大移動を「グレートジャーニー」と名付けた。これを遡行して辿る旅が、93年12月5日チリのナバリーノ島から始まって2002年2月10日にゴール。すげーと思って、当時フジテレビが放送してたドキュメンタリーを初回から観てました。今、読書は1週間で南米を抜けました。2段組約400ページ、残り1週間・・・
仕事から帰ってすぐお米を研いでジャーをセットした。そうでもしないとダラダラと夕飯が遅れるからだ。そのせいで、携帯をチェックするのがワンテンポ遅れて、着信に気づくのも・・・。タッキーさんだった。東京まで来てるので、さらに足を伸ばすという。何用で都内にいたのか、迎えに行った駅で数年越しの初対面の挨拶もそこそこに聞いてみた。なんとなくと答える手には確かに何もない。ファミレスで夕食を頂きながら、忙しい仕事の中で1日半が貴重な連休だったという話に納得しつつも、行動力がすごい。自分には出来そうもない。遠い所を、ありがとうございました。
ipodは持ってないけど、iTunesにポッドキャスト登録をして聞いているのがあります。「TBSラジオ JUNK2 タカアンドトシのケチャケチャラジオ」です。本放送は毎週火曜日深夜3時からなので、未だに一度も聴いたことないんですけど、その番組付きポッドキャストは1年ほど前から毎週落としてます。毎回10分前後、時々の話題をタカトシがしゃべるんですけど、いつもと違う音楽で始まった今週分は、突然月曜のバナナマンがしゃべりだして、何か間違ったのかと思ったら、「間違ってませんよ」ということでJUNKの番宣が頭に入ってました。あのね~、ぼくね~、トシがね~
今日も読書風呂を実行。「グレートジャーニー」は南米から中米に入る、コロンビア-パナマ国境のダリエン地峡はゲリラ等の巣で超危険地帯。化石燃料動力での移動はしないルールのこの旅も、ここでは一部、カヤックをボートで引っ張ってもらっている。後で再挑予定だという。必ずしも順序通りではなく、状況によって後先を繋ぎながら旅をして、いよいよベーリング海峡を渡ってユーラシア大陸へ。自分も到底レベルは違うけれども、道が途切れているのが嫌で、わざわざ遠回りして繋ぎに行くことがある。バカらしくて、それが楽しかったりする。そして世界が広がる。
本「グレートジャーニー」の返却日が3日後の火曜日に迫ってきましたが、平日お昼休憩1時間という通常の読書時間ではとても読み切れないので、今日のうちに集中読破することにしました。シベリアツンドラからセレンゲティサバンナまで、こたつでコーヒーをすすりながら、17時になってようやくゴール。平日は19時までやってる図書館本館も土日祝はちょうど17時までなので、18時までやってるらしい公民館図書室に返却に行きました。合わせて買物をして帰ってくると、18時を10分ほど回っていて、慌ててテレビをつけました。すっかりガンダム忘れてましたよ・・・。
というわけで昨日「ガンダム00」の冒頭10分を見逃してしまったわけですが、「GyaO」で無料配信しているので今日のぞいてみました。ところが、テレビに対してネットでの配信スタートのタイミングが1週間ずれてることを知りました。来週の土曜日、次のテレビ放送分が終わった後に、昨日の分が配信されるようです。前作の「ガンダムSEED」はフレッツで同じく無料配信していて、何度かお世話になったのですが、そういうタイムラグはほとんどなかったので油断をしていました。下手したら重要な場面が抜けた状態で、次を観るなんてことに。うちは録画機器ないんだよ。
うちの目覚ましは2度鳴る。今は6時と6時半だ。どちらもミニコンポのタイマー機能で「TOKYO FM」が流れるようになっている。音の入りが一番いいだけで特に番組は聴いていない。本当はCDにしたいが8年以上ずっと壊れていて起動しないし、録音テープもない。いまどきカセットって・・・。6時半には同時に新旧携帯も2個鳴る。旧ケータイは目覚ましとして卓上ホルダーに寝たきりになっている。差しっぱなしのプラグが生命維持装置のように繋がっていたが、急に電源が全く入らなくなった。逆にバッテリーのメモリー効果が原因と思われる。やはり携帯してやらないと。
今日、年賀状を買った。昨日、同僚のUさんに「年賀状って書く?」って聞かれたので、「書きますよ」と答えたら、いまどき書く人がいるのかというニュアンスでちょっと驚かれて驚いた。だったら、いまどきプリンタを持ってないことに驚いた上で、インクジェット紙を買ったことを笑って欲しい。ふと立ち寄ったコンビニで買っておこうと思ったら、それしかなくて、面倒だからそれで済ませた。普通紙しかなかった時代にパソコンで年賀状を作っていたのに、普通紙も置かずメールが当たり前の時代に手を出す。逆行ではなく、現状がそうなってるだけだ。お手数をおかけ致します。
今週はドライバー降板しています。その辺は状況に応じて変っていくので、別に降ろされたわけじゃないですが、とにかく、助手席とか後部座席に座っています。同じ方面に行く場合、誰が運転しても大筋で同じルートが使われるのですが、性格などの違いか細かいところで若干違ってきます。すると、そのわずかの中で、気づかなかった変化を見つけることがあります。例えば今回は、ラーメン屋がつぶれていたり、中華料理屋が焼肉屋に、デニーズがビッグボーイに、ってな具合です。ただ職業柄というわけではないと思います。ちなみにビッグボーイはこの辺では初かな。
寒い。最後の1時間を休憩にあてて、運動公園の屋根付きベンチで本を読んでいた。昼前まで雨だった曇天も手伝って、その時間にはもう薄暗く、じっとしてる方がよほど消耗してるんじゃないかって気がする。なのに園内の周回コースを黙々と歩いている人がいっぱいいる。ここではランニングではなくてウォーキングがトレンドらしい。しかもみんな同じ方向に周っている。健康のためにやってるんだろうけど、何が面白いんだろうかと思う。雨のときは、決まって左足のつま先から濡れてくる。雨に限らずそこが一番汚れてる。自分でも分からないし、面白いからでもない。
一転、陽射しが暖かい。小高い丘の上から、静かな湖面を眺めていると気持ちがいい。前にここをサイクリングしたことを思い出す。一転、しまったと思った。ヘッドフォンの音楽の奥から電話が割り込んできた。最近電源プラグを抜いたので、ベルが乾いた機械音に変って、それに反応出来たことに油断して、出てしまった。結局のところ、俺の勘違いかもしれないけど、やっぱりうざかった。霞ヶ浦一周ぐらい遠回りして、再訪するのに住所を教えて欲しいときた。こんな単純な矛盾があるだろうか。もちろん答えない。受話器を上げた時点で不快だ。何が正しいのか怖い。
トラックのフロントガラス上方にある3つのランプについて調べた。速度が40キロまでで1つ点灯、60キロまでで2つ、それを超えると3つ。速度抑制装置が義務化された現在では3連スピード灯の装備義務はない。休日出勤だった今日の戻りの車内で、Mさんが、前から気になっていると切り出したのが始まりだった。それからの数十分間はトラックに 釘付け。付いてないのもあったが、左右の2個だけが点いてるパターンが一番多く、点いたり消えたりする瞬間に出くわすと感嘆を漏らして、さらに疑問が深まった。で、気になったらすぐ調べる。おかげでガンダム忘れた。
というわけで休みは日曜日に託された。まず昨晩のうちに髪を切った。今朝は洗濯機を回して、その間に村上春樹の短編集「象の消滅」を読んで、そして干して、また読んで昼前。スキー・スノボで埋め尽くされてしまったスポーツ店に目当てがカテゴリーごと消滅していて、買物は次のモールへ。カー用品、衣料品、百均、ドラッグ、スーパーと並ぶそれぞれに用がありつつも、結局3店で購入。公民館に移って本を返却して2冊借りる。予定外のショッピングセンターに寄るが探し物はない。遅い昼食後、寒いので適度に洗車。先週分のガンダムをネットで観る。夕食を摂る。
うちの愛チャリ「グラッシー」は倒れやすい。スタンドの取り付け角が浅く、調整してやるんだけど、曲げすぎると壊れる気がして、結果、サドルの右側面は破れて中のスポンジが出ている。それにしたって、昨日の強風ではほとんどのチャリは倒れた。バチ、バチと定期的な異音に気づいたのは、今朝の出勤時だった。職場について後輪をみると、タイヤの側面が剥がれて外側に反り返っている。それがフレームに当たっていたのだ。そんなことも忘れていた帰社時、面倒で、その部分だけちぎって走り出した。どうせ交換するならパンクするまで乗ろう・・・でも困るよな。
寝袋が届きました。ネットで注文しておいたものです。思ったよりデカいというのが第一印象。早速もぐってみると、俺ぐらいならもう1人入れそうだ。あちこちいじっているうちに、もう暖かくて顔が緩んでしまう。最適使用環境、気温-7度。これは俺の車中泊史上最低気温で、雪の降った晩のこと、毛布1枚でガタガタ震えて眠れなかったつらい冬の九州を思い出す。あれほど待ち焦がれた朝が来ても、こたつから抜け出せないように、もう少し寝かせてって言いそうな気がする。まさにマミー状態で。そして日曜の日記のタイトルは「寝袋を買いに」にすればよかったと思っている。
日中でもいよいよ10度以下となると、さすがに冬を感じます。動いてないと寒いから、休憩とるにも泣き笑い。今日は廃線になったばかりの鉄道の駅で休みました。駅舎・ホームは閉鎖されてましたが、駅前広場のベンチで、雲の向こうの弱々しい太陽を頼りに、指切り手袋をしたまま本を読んでました。糸が切れて、指先カバーの止め具があっさり取れてしまい、甲の上でだらしなくぶらぶらしています。どうせ、仕事中は覆ってられないからあまり存在価値はないかも。空気が徐々に厳しくなる気配を感じながら、この先が凍らないように、切らないでうまくやれないかな。
場所は変わって内陸側、といっても内陸しかないけど、今年最後、4月から数えて8自治体目に突入です。合併前で言えばこれに5つ加わり事実上13市町村を歩いたことになりますが、今日から入るところは単独を維持しています。合併時に旧自治体での大字名「大字○○」を新自治体では単なる「○○」に変更するところが多いのですが、ここでは大字○○が生きています。「大字」と付けようと付けまいと、「○○」が大字名だということは変わらないわけですから、意味さえ分かっていれば確かに扱いやすいと思います。こたつで、とりあえず年賀状の宛名だけ書きました。
エアプランツのカピタータが枯れてしまい、残ったキセログラフィカもダメそう・・・不調に気づいたのは2株同時だったのですが、カピタータの方が進行が早かっただけの話で、発覚した時点でもう結末は決まっていたのかもしれません。昨晩からまたソーキング(水の中に一晩浸す水やりの方法)をしたのですが、今朝、パイナップル頭みたいな株の中心から伸びた葉が数枚スッとはがれちゃって、無残な姿に。ほっといても育つなんて本当にひどい話で、ろくに面倒もみないで、期待だけいっぱい膨らませて、肝心なことは忘れて萎ませてしまった・・・今日は忘年会でした。
雪を冠した那須の頂に、冬の東北を軽装車で行く不安と新鮮さを見ながら、白河の関を越えたのは昼前だった。猪苗代湖の南西岸を会津へ抜けると雪山磐梯、向かう空には飯豊のムラのない白が異様に浮き上がって威圧してくる。路肩の雪は大峠を過ぎると目線の高さにまで達したが、路面の積雪はゼロ。米沢で上杉神社、高畠で亀岡文殊に寄り、南陽で休憩。最大の山場と踏んでいた月山は電光板もラジオも「部分凍結 スベリ止め必要」と注意だけが先行して踊っていた。羽黒の温泉に浸かって、新装備の寝袋に潜れば、冬至の夜も暖かく、楽に眠りに落ちた。
拍子抜けの4度の中、3度目のゆーまと雪一色の最上地方を東へ。宮城県に入って、尿前の関を過ぎると、鳴子温泉に雪はない。ラムサール登録湿地の伊豆沼で白鳥や鴨を観察して岩手に入る。一関を西走して、不思議な色をした水と雪が美しい厳美渓。磨崖仏の彫られた断崖に埋め込んだようにお堂が建つ達谷窟。そして平泉へ。「先ず高館に」義経堂と芭蕉の句を訪ねて、小学校以来2度目の中尊寺金色堂、氷の張った毛越寺庭園、小雨の降る数キロを歩いて周る。北上で遅い昼食、サトイモの効いた「北上コロッケ」は新食感。夜はM-1グランプリで笑った。
雪へと変わることなく朝、虹が出た、天気雨。北上を出発して、花巻で北上川のイギリス海岸を訪ねる。宮沢賢治が川岸の白い泥岩層から連想して名付けた場所だが、増水で由来は全く見えなかった。内陸に向かって高村山荘。戦中に賢治の実家に疎開していた高村光太郎は、終戦後7年に渡ってここで独居生活を送り、十和田湖畔に立つ乙女の像制作を機に東京へ戻った。そんな背景も知らずに旅はつながる。錦秋湖を過ぎて秋田県の横手に出る。南下して新庄でゆーまと別れる。米沢から栗子峠を越えて福島、福島からひたすら国道349号線で水戸を目指す。
茨城の那珂でメリークリスマス。水戸から北関・常磐を使って帰宅したのは深夜1時30分。1347キロの旅でした。そして普通に仕事に行って、帰るといつも通り旅の事後整理をしました。今年三度も東北に行きましたので、ダイソーで各県ごとの地勢図を買って、裏面の白地図にルートを書き入れました。市町村の通過到達率は山形の91%を筆頭に、青森・岩手を除いて80%を超えて、東北全体でも80%台に乗りました。全国ではまだ65%です。良くも悪くも、雪じゃなく雨でしたが、避けて通ってきた冬の雪国を少しでも掴めたのはいい経験でした。今回もゆーまに感謝。
昨日、旅から戻ったところで、自動車保険の継続案内が届いていました。年間の走行距離によって保険料が変わるタイプで、契約した距離より実際の走行が少ない場合は、それに応じて継続時に割引になるシステムになっています。しかも、満期時ではなくて、更新時の自己申告制なので、早めの更改ほどお徳というわけです。この3日間で1000キロ以上走っちゃったんですが、11000キロの契約に対して7000キロ未満だったので、そこそこ安くなりました。それよりも、年齢条件「26歳以上」で申し込めるようになったので、段違いに下がりました。次は三十路か・・・
三羽省吾「イレギュラー」久々に野球本です。災害で村ごと避難所生活を送ることになった高校野球部の物語です。なんて書くとシリアスですが、個性的なキャラがいっぱい出てきて、ありえねー的に面白く描かれてるので、むしろ漫画とかアニメで見たい内容でした。だけど、参考文献に渡辺監督の本が列挙されてたので、今まで俺が読んだ本とリンクする部分があって、あのシーンはそこから来たのかなぁなんて読み終わった今にして思います。夏の甲子園地方予選決勝で、コールド云々って話しが出たときは、イレギュラー食っちゃって、ポジションが分からなくなった。
いよいよ仕事納めです。去年、同じ職場ながら別の机に座って違う仕事をしてた時は、最終日はみんな揃って掃除をしていた記憶があるのですが、今年は忙しく余裕がないので通常通りに仕事がありました。ただ、最後に軽く締めがあって、また来年ということで解散となりました。今年4月からの歩数ですが、万歩計を忘れたことも多々ありましたが、計測出来た範囲内でトータル3,703,521歩という結果になりました。これを休日も含めて日数で割っても、1日平均1万歩は歩いたことになります。自分の体を見ても、上半身が細くなって下半身が太くなった感じがします。
帰省前に部屋の掃除をしようと決めていましたが、あいにくの雨。布団干しだけは出来ませんでしたが、仕事で使っている歩き専用靴を洗うところから始まって、トイレに至るまで1日本腰を入れてやりました。しばらく放置していたキッチンの換気扇の油汚れがかなり手強くて落としきれなかったけど、同じく普段やらない冷蔵庫の中も拭いたし、我ながらよくやったと思います。ただ、手がふやふやになるまで温水をじゃんじゃか使っちゃったのは、必要だったとはいえもったいなかったかな。頂いたお米もちょうど食べ終わって、今年はすっきりと年末年始を過ごせそうです。
午前中のうちに布団を干しながら、帰省の準備をしていると、ジーンズのポケットから折りたたみ傘の外袋が出てきた。ちょっと前から行方不明であきらめていたので思わぬ収穫。有効期限切れ間近のクレジットカードの更新版が届いたので、早速新カードで給油して、使えるのを確かめてから、実家に帰った。夕方の予定が夜になって、クリスマスイルミネーションでギラギラしてるご近所さんに唖然としながら、怖いもの見たさに背を向けて、注連飾りすらない我が家の玄関をくぐった。3ヶ月ぶり。月1万の割合で返済してきた愛車の購入資金は父側が終了。軽くなった。
ゲーム機ないのにソフト買っちゃった2本のうちの1つ「幻想水滸伝IV」をやりました。シリーズ通しての基本スタイルは変わらないのですが、1作目の150年前の設定ということで、IIIまで続いてきた前作データを引継げるシステムがなくなってファンとしてはがっかり。仲間集めとか遊べる要素はいっぱいあるんだけど、肝心のストーリーが物足りない。といっても、最後までやってません。時間がなくて急いだ結果、仲間にし損ねたキャラがいたので、途中棄権しました・・・というわけで、今年も1年間ありがとうございました。また来年よいお年をお迎えください。2008.01.05。